Megumi Sara Saito プロフィール写真

Megumi Sara Saito
Meg’s Retreat House 代表。
スピリチュアルライフコーチ、茶道家。

はじめまして。齊藤恵と申します。

私は高校の時に途上国に貢献するプロフェッショナルになる!と心に決め、その夢を30代で叶えました。

政府や国際機関と協力し、自然環境の保全と経済発展を目指すというプロジェクトは、とてもやりがいのある仕事でしたが、今は、その夢を叶えた経験とその後の一連の出来事をもとに「自分とつながり、宇宙に応援される方法」を人々にお伝えしています。

一人一人の心を紐解き、その人が一番輝く夢を見極め、夢を実現するためのお手伝いをするライフコーチングが今の私の仕事なのです。

でも実は、スピリチュアルな視点を持つ前は、自分が何のために生きているのか全く分かりませんでした。

魔法使いになりたかった私

私は中学の頃、「感受性が強くて心配です」と通信簿に書かれたくらい人の反応に敏感な子供でした。

人の感情と自分の感情が一致しないことがもどかしく、

「人の心が分かる魔法使いになれたらいいのに」と本気で思っていたくらいです。

 

反面、アートや音楽、スポーツが非常に得意でした。

それなのに、その方面での将来をどうしても描くことができずに、いつしか大人になるとアート、音楽、スポーツを楽しむことをすっかり忘れてしまっていました。

貧困とエリート環境の狭間で

その理由はおそらく途上国で暮らした中学、高校経験にあります。

私は、父の転勤のために中学1年間をマレーシアのペナン島、高校3年間をフィリピンのマニラで過ごしました。

どちらでも。非常にのびのびと自由な暮らしを楽しんだと思います。

一方で、将来に対する不安と大きなプレッシャーがありました。

一つは、落ちこぼれるかもしれないという不安。

二つ目は、落ちこぼれるとどうなるか?いう怖れです。

なぜなら、友人たちはエリートビジネスマンや、国際機関等の子女たちで、超優秀。

しかも高校はインターナショナルスクールでしたから全教科当然英語で、理解に時間がかかるハンデ付き。

少しでも油断すると落ちこぼれるため、必至に勉強しました。

そして、落ちこぼれるとどうなるか、という答えは常に目の前にありました。

デパートの入り口には乞食が寝起きし、

その脇にマシンガンを持った警備員がいる。

車が止まれば子どもや盲目の大人が花を売りに群がる。

一方で、裕福な暮らしを送る自分たちがいました。

自宅にはメイドが二人、ドライバーも二人。

友人たちはプール付きの家、車での送迎。

毎週末はディスコ(当時)にバーにと遊び放題。

自分の置かれた境遇とローカルの環境との違いは何だろう?

人生はなぜこのような差があるのだろう?

人はなぜ人を差別するのだろう?

幸せとはいったい何なの?

その答えが出せないまま、1990年に湾岸戦争が起こりました。

ニューズウィーク誌の表紙にでかでかと掲載された油にまみれた海鳥。

これを見たとき、

これだ!これを私の生きる道にしよう!

自然環境を守るというスキルを身に着け、

国際エリートになって自然を守り貧困を解決しよう!

今から思えば社会から落ちこぼれないために描いた、精いっぱいの夢でした。

本当の自分の目覚め

日本の大学に進学し、卒業後は企業でスキルを磨いて世界へ。

そう人生設計して進んだ就職先は、緑地や公園を調査するコンサルタント会社でした。

終電が当たり前の日々で、唯一の楽しみは、出張時の温泉と食事。

いつの間にか6年もたつと夢を忘れ、惰性で生きている自分がいました。

なにやら「腐っていく」自分を感じ、これはマズイ、と30歳を機に退職。

でも、何をしようか思い浮かばず、少し自由を堪能しようと飲食店アルバイトを満喫していました。

そんな矢先、私の人生を変える出来事が起きました。

ある日の朝、数匹の子猫が部屋の前でミャーミャーと泣いているのが部屋の中まで聞こえました。

でも、私はそのまま聞こえないふりをして昼まで惰眠をむさぼっていました。。

さて出かけようとドアを開けたとき、廊下に赤い花びらが散っています。

「はて・・・?」

じっと目を凝らした瞬間、それが赤い花びらなんかではなく、飛び散った子猫の内臓であることが分かりました。

「!!!!」

ショックで息が止まり、猛烈に自分を責めました。

前夜カラスが狙っていたのを知っていたのに。

私が惰眠をむさぼっていたせいで・・・!!!!

ごめんなさい、ごめんなさい!!!!

泣きながら子猫たちの亡骸を拾い集め、雨の降りしきる森に埋めました。

そして私は誓ったのです。

「人生は一度しかない。

 私の怠慢で不幸を生むようなことはもうしない。

 あなたたちを死なせた私は、やりたいことをやって生き切る!

 私の本当の夢は、国際協力だ!」

アルバイト先で受けた屈辱的な扱いもあり、 やつらを見返してやる! そんな気持ちも後押ししていました。

夢への第一歩

その半年後、巡り巡ってきた数々のチャンスをものにし、私はミャンマーに着任していました。

その時の喜びは感動と充実感が体中を駆け巡るほど。

私が輝くことで他人も輝ける、そんなお手伝いがやっとできる。

私の夢と社会への貢献がやっと一つに重なった、そう思えたのでした。

私の仕事は、ミャンマーで100校の学校を作るというNGOのプロジェクト。

貧しさから脱するためには、教育が必要なんです

真摯に訴える村人たちと、目をキラキラさせた子どもたち。

そこにはあたたかい人の心があり、想いがあり、情熱がありました。

こういった心の触れ合いと貢献に、私は情熱を燃やしました。

それでも、このプロジェクトは私に次々と試練を与えました。

各村で起こる、運営資金捻出のためのプロジェクトの展開と、たちはだかる難問はプロジェクトXさながら。

そして、2004年12月に起きたスマトラ島沖地震の余波は、私のいた内陸部にも及び、建設途中の学校の床が徐々に崩壊していくという事態に見舞われました。 どうしたらいいのか・・

瞑想との出会い

そんな私をみて、いつも世話になっている僧侶が不思議なことを私に言いました。

 瞑想をしなさい。
 瞑想で全てが分かるのです。
 瞑想が答えを教えてくれます。
 瞑想をしなさい。

うーん・・。瞑想の何がいいのか?なぜ瞑想ですべてが解決するのか?

それが分からないまま新たなボスが着任し、私はNGO組織を解雇され、ミャンマーで生きる道は閉ざされました。


それでも夢が閉ざされた事実に反旗を翻すかのように、私はキャリアアップの転職と修士号取得に成功します。

そしてイラン、ベトナム、ラオス、インドネシア等次々と国家レベルのプロジェクトに携わることになるのですが、待っていたのは心身の不調という結末でした。

人生の車線変更

困難は乗り越えるためにある。 乗り越えた先に成長があり成功がある。

そう信じ、能力が向上すれば私を認めてもらえる、そう思い込んで生きてきました。

でも、私の夢だと思っていた途上国での貢献は、瞑想に出会った時点でもう役割を終えていたように思います。

能力が不足するからと、スキルを磨けば磨くほどにすり減っていく神経と、募る焦燥感

そればかりかバセドウ病という不治の病にかかり、4度も鬱病になり、結核にまで感染し、なぜだか海外に出ると病気になって2度も手術する始末。

せっかく設定した夢。高校の頃から自己研鑽してきた日々を無駄にしたくないのに・・。

そんな中、友人に勧められてスピリチュアルセミナーに参加した私は、瞑想により自分の心の声を聞くことができるという説明を受けました。 そして講師に言われた言葉が、私の人生を変えました。

自分を二の次にしていませんか?
一番最初にくるのは、
他人への貢献よりも自分の幸せですよ

目の前が真っ暗になるほどの衝撃を受け、同時にそれが真実であることが直感的に分かっていました。

次に決まっていたのは福島の復興支援に携わる仕事でしたが、これも社会的な意義に自分を沿わせていることに気づきました。

就職を予定していた団体にセミナー会場から電話して、震えながらお断りをしました。

もう二度と他人の夢にはぶらさがらない!

地位や人に認められるための人生をやめる!

本当の自分として生きよう!

こうして、私は人生の車線変更を決行したのです。

あなたが一番輝く道は必ずある

私は、社会貢献を自分の生きる理由にして、能力を磨くことに必死で生きてきました。

本当は感性を表現することが好きだったのに、それに蓋をして生きてきました。

でも、私はミャンマーで瞑想と出会い、スピリチュアルな人生の仕組みを実際に体験したことで、自分の本当の心の声に耳を傾け、本来の自分が輝ける道を歩むと決めることができました。

そして、本来の自分が輝ける道を歩むと決めました。

でも、本当の心の声を聞くことは勇気のいることでした。

・それって本当に私の魂の声なんだろうか?
・単なる思い過ごしなんじゃないだろうか?
・経済的に暮らしがなりたたないかもしれないんじゃないか・・?

ここでまた打算的に物事を考えたり、人の目を気にして判断したりしてしまっては、前と同じ毎日が待っています。

すっぱり打算的な縁を切り、自分の心の声に従って行動すると、私のことを応援してくれる人が現れ、後押しするような現象が起きたのです。

私はそれ以来、過去の私のように

  • 本当の自分を押し殺している人
  • 自分の本当にやりたいことが分からない人
  • 自分の才能、魅力に気づけずにいる人

そういった人たちの心の声を聞き、その人が一番輝ける人生へと導くお手伝いをしています。

最後までお読みいただきありがとうございます。

Meg’s Retreat House 代表
Megumi Sara Saito

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Megumi Sara Saito 略歴

Meg’s Retreat House 代表。スピリチュアルライフコーチ、茶道家

1973年2月生まれ。専門は景観生態学と国際開発学。ミャンマー、イラン、インドネシア、ベトナム、ラオス、キルギス等、国連と肩を並べて国際協力の最前線にて活躍。18年間の企業人生活においてバセドウ病、結核の感染、4度の鬱病を煩い、なぜ自分はいつも同じような目に合うのか理由を知りたくて、2013年にスピリチュアルセミナーに参加。自分に嘘をついて生きてきたことに気づき、人生の車線変更を決断。

以後、茶道講師、英会話&ライフコーチとして活躍。

2020年、沖縄南部にてリトリートを開催。同年、沖縄移住を果たす。現在は沖縄聖地リトリートとスピリチュアルライフコーチをメインに活動。

持ち味は、スピリチュアルな視点に加え自然社会科学、茶道や武道などの幅広い専門性を持つことによる、感受性豊かで的確なアドバイス。

今世の人生の目的は、「人生の目的を見つけること」。

無類の麺好き。

<資格>
農学士、国際開発学修士。
裏千家茶道助教授、空手道三段、読売書法展入選(2019年)

<学歴>
東京農工大学卒(農学士)
政策研究大学院大学(GRIPS)卒(国際開発学修士)
プロコーチ養成スクール24期修了

<職歴>
株式会社アルファ計画研究所 調査部調査員
国際NGOセィダナー 南シャン州フィールドオフィサー
独立行政法人国際協力機構(JICA)ジュニア専門員
一般社団法人日本森林技術協会 海外事業部 主査
株式会社チームフロー 社長秘書
4Dジオテック合同会社 海外支援担当

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大切なものは目に見えないと言います。

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